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* 熱・化学12:カメラ(1826年:ニエプス)

Q35: 1826年に世界で初めて窓からの「風景写真」を撮ることにフランスのニエプスが成功した。この時に用いた「フィルム」と「レンズ」は何だったか?

 カメラの構成は、光に反応する露光板(露光器)にレンズで風景像(光)を投影する仕組みがあれば成立する。ニエプス(Joseph Nicéphore Niépce 、仏、1765~1833年)の発明は、前者の露光板を見出したことが成功の理由であって、後者のしくみは古くからピンホールによる投影法として知られていた。おそらく洞窟の中に壁穴から光が差し込み、外の風景が逆さまに壁に映し出されたことを偶然見つけたのがきっかけであろう。この現象はアリストテレス(紀元前384~322)によって、カメラオブスキュラ(ラテン語で暗い部屋)として既に紹介されている。これが「カメラ」の名の起源であり「暗い」を意味する言葉であった。又、このピンホール効果の原理はレオナルド・ダ・ヴィンチによっても記述されていて、絵画を描くとき遠近感がうまく表現できる手法として、投影像をトレース描画するやり方が、画家に活用されていたようだ。

 ピンホール効果はピントがどこにでも合う為、便利ではあるが像は暗い。16世紀に入るとピンホールの変わりに凸レンズが使われるようになる。これによって像は明るくなり、焦点を合わせればより鮮明な像が得られるようになった。画家だけではなく天文家にも使われるようになり有名なケプラーも天体観測(特に太陽や日食などの)に利用していたらしい。17世紀になると、さらにカメラオブスキュラはアイディアマンである物理学者ロバート・フックなどにより小型携帯化がなされ、旅行先でのスケッチにも利用されるようになった。又この「カメラ」の仕組みを逆に使った「幻灯機」(スライド映写機)もこの時期に発明されていて、ガラス板に描いた画像をランプで照明しレンズで大きく投影する楽しみが始まっている、まさに現在の映画の祖先と言えるだろう。

 投影系はこのように画家のツールとして独自の発達をしてきたが、露光板(感光フィルム)のほうはそう簡単ではなかった。1765年フランスに生まれたニエプスは、18世紀末に発明された石版印刷(リトグラフ;平版印刷技術)に強い関心を持つ。このリトグラフというのは現在の半導体製造の主要プロセスになっている「リソグラフィー」の先祖技術であり、平板上に親油性の領域をペンで描きこの部分に油性インクをなじませ、紙に転写することで多量印刷をする方法である。ニエプスはこの手法の「ペンで描く」工程を、光に反応する化学反応材を平板に塗布し、先のカメラオブスキュラで作った像を投影すれば、光の当たったところだけ化学反応が進み、リトグラフ同様の印刷ができるのではないか?と考えた。さて、問題は感光剤である。当時食品の防腐剤として利用されていた「アスファルト」の一種パレスチナ原産の土瀝青(どれきせい)に注目した。これを用いて露光を行い、光の当たらなかった部分を流し取ることで、初めて光の像を自然現象によって写し取ることに成功(1824~6年頃;なんとニエプス60歳での快挙!)したのである。

 しかしこの材料は感度が悪いため、撮影に8時間もかかった。これでは静止物体しか撮影できない。そこで1829年、彼はパリで舞台背景画家として活躍していたルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(Louis Jacques Mandé Daguerre 、仏、1787~1851年)と共同で、より感度の良い銀化合物を使う研究を行う。しかし道半ば1833年、ニエプスは不幸にも68歳で急死するのである。この研究はダゲールに引き継がれ、露光時間を30分に短縮し鮮明な撮影を可能にした「銀板写真」(現在のフィルム写真)として1839年に完成する(ダゲレオタイプと呼ばれる)。ダゲレオタイプはしかしながら、1枚撮れるだけで、印刷のように複製(焼き増し)ができない。これを解決したのが、イギリスの数学者タルボット(William Henry Fox Talbot 、英、1800~1877年)。撮影によりネガを作り、これをポジに焼き増しする「ネガポジ法」(1841年)を発明し、世界最初の写真集「自然の鉛筆」を発行(1844年)したのである。

 フランスで発明された写真の技術はイギリスで高感度感光剤の改良がなされてゆくことになり、露光時間も数秒にまで短縮されるようになった。さらに19世紀末になると写真技術はアメリカに渡り、イーストマン(George Eastman 、英、1854~1932年)により創設されたコダック社によって1枚1枚独立した乾板から巻物状の「ロールフィルム」へと進化する。これによって、何枚もの写真が簡単に撮れるようになり、写真は専門家から大衆へ普及することになった。又、このロールフィルムは連続撮影しやすいことから、後の映画の誕生にも寄与することになる。技術の進化が新たな世界を切り開いた例と言えるだろう。さらにコダック社は1935年にカラーフィルム「コダクローム」を映画用(ポジフィルム)として実用化。又、カラーネガフィルムは翌1936年ドイツのアグフア社によって実用化されていった。

宿題35: カメラ光学系のほうは、フィルムの進化に伴いどのような改良がなされていったのだろう?最初は単なるレンズの付いた箱(暗箱)だったが…

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