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* 熱・化学24:DNA2重らせん構造(1953年:ワトソン=クリック)

Q84:地球上の生命(ウィルスは除く)は全て、同じ遺伝システムであるDNA(デオキシリボ核酸)を 持っている。これは地球の全ての生命が同じ生命の元から発生していることを示唆しているが、もしある宇宙人(隕石の中の植物の種でも良い)が地球にやってきてその中に、同様のDNA構造があったら、それは何を意味するだろう?

1859年ダーウィンにより進化論が提言され(第42話)、それを証拠づける遺伝の法則が1866年メンデルによって発表される(が無視された、第43話)。そして1900年にメンデルの法則が再認識されると、一体、遺伝の基となる因子「遺伝子」とは何だろうか?ということに強い興味が起きたのである。1903年、サットン(Walter Stanborough Suttonn、米、1877~1916年)はバッタの生殖細胞の観察により細胞の中の「染色体」がメンデルの法則に従い遺伝をすることを見出し、遺伝の担い手として「染色体説」を提唱する。さらにモーガン(Thomas Hunt Morgan、米、1866~1945年)はショウジョウバエの詳しい遺伝実験から、確かに遺伝子は染色体に物質として存在することを証明したのである(1920年頃)。これによって、遺伝子が架空のモデルでは無く、実在する物質であることがわかった。

 一方、DNAは1869年に既に発見されていた。スイスのミーシャー(Johannes Friedrich Miescher、スイス、1844~1895年)は膿(白血球の死骸)の細胞核の中にリン(P)を含む新物質を見つけヌクレイン(核酸)と名付ける、これが実はDNAだったのだが、何の機能を持つのかは分からなかった。このヌクレインに注目したのが独のコッセル (Ludwig Karl Martin Leonhard Albrecht Kossel、独、1853~1927年)、その分析を行い1885年~1894年にかけ、4種の塩基、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)を発見し、これら塩基と結合している五炭糖を確認した。1900年代に入り、露生まれで米の生化学者レヴィーン(Phoebus Levene、露⇒米、1869~1940年)が1909年に酵母の核酸、RNAを発見、さらに1929年に核酸にはRNAとDNAの2種類があることを突き止めた。しかし、まだこの時点で染色体とDNAの関連は不明だった。

 1944年、67歳の医師アベリー( Oswald Theodore Avery 、カナダ⇒米、1877~1955年)によって歴史的実験がなされる。これは細菌の病原性を転換させる「グリフィスの実験」がインスピレーションになった。まず病原性S細菌の細胞を破壊しタンパク質を除去して非病原性R細菌で培養すると、R細菌はS細菌に転換し病原性を発現した。ところがDNAを最初のS細菌から除去し、R細菌で培養してもRのままで転換が起こらなかった。つまりタンパク質は遺伝因子を含まず、DNAこそがR細菌をS細菌に転換させる因子(遺伝子)を有していることが実証されたのである。ここで染色体とDNAが初めて繋がった。

 遺伝子情報がDNAに隠されていることが分かると、俄然その構造を知りたくなるのは科学者の常である。部品は(4種の)塩基と五炭糖そしてリン酸の3つ、これらがどのように構成され、遺伝情報をどういうメカニズムで伝達&記録していくのか?これが解くべき課題であった。1952年、X線結晶解析の専門家フランクリン(Rosalind Elsie Franklin、英、1920~1958年、女性)はその技術をDNAの構造解析に適用し、そのX線回折写真を撮影、データ公表を控え自ら分析を行っていた。ところが、同僚のウィルキンス (Maurice Hugh Frederick Wilkins、英、1916~2004年) がこの写真をワトソン(James Dewey Watson、米、1928~ )とクリック(Francis Harry Compton Crick、英、1916~2004年)に内緒で見せる。さらに別ルートからフランクリンの書いた、DNAの構造に関する非公開レポートがこっそりとクリックのもとに渡った(実に怪しげな科学の世界である)。

 さてDNAの2重らせん構造の発見者と言われノーベル賞を受けた、ワトソンとクリックだが、1953年時点で得られていた「フランクリンのX線回折データ」「DNAがらせん状の繊維である化学分析データ」「塩基のAとT、GとCのモル比が1:1である性質」などを総合的に考察し、有名な「2重らせん構造」を提唱する。それは2本の高分子鎖が、逆方向にからみあうように右巻きのらせん階段状構造をとり、AとT、GとCがその内部で相補的に水素結合しているもの。らせんの直径は20Å、らせん周期は34Å程度であって、一周期あたり10ペアの塩基対が梯子のように並び遺伝情報を、全長約2mほど(引き伸ばすと)の中に記憶させている構造であった。尚、この長いDNAは巧妙に折りたたまれ、細胞の核内に10μm程度の染色体として存在している。

 ではこのDNAはどうやって情報を伝達するのだろう?それはもう一つの核酸であるRNAを介して行われる。DNAの鎖が解かれ、その塩基列にRNAが割り込み、DNA塩基列を(相補)コピーする、このRNAの長さは比較的短く、断片的なRNAが核となり、それを再度(相補)コピーし始めてDNAが複製されるという手順となる。コピーミスは無いか?というと、外部からの紫外線などの強いエネルギーの流入で、コピーミスが起こるが、生体内部で見事な修復機能が働き、誤り修正がなされる。このような巧妙なDNAシステムが全生物において共通なシステムとして働いており、一体誰がこの巧みな設計をしたのか?という議論を呼び起こすことにもなった(生物の創造と宗教)。

宿題84:DNAの構造解明に対して、1962年、ワトソンとクリックそしてそのX線回折データを準備(横流し?)したウィルキンスにノーベル賞が与えられた。しかし実際にX線回折写真を撮り、2重らせん構造を示唆したのはフランクリン女史である。なぜフランクリンには賞が与えられなかったのか?

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