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* 電子・IT・新技術8:カラーTV (1950年:RCA社)

Q82:誰が世の中に「色」を付けたのだろう?

いきなり哲学的というか、原理的なクイズになったが、物理実体として「色」というものは存在しない。その感覚原因となる量としては「光の波長とその混ざり具合」つまり「スペクトル特性」が対応する。ただそれも、一つの色と一つのスペクトルが対応しているわけではない。つまり、異なるスペクトルに対し「同じ色」と感じるのが我々人間の視覚(色)の特徴なのである。と、このように説明されても我々は色を生まれたときから感じているから、それを世の中に存在しているものと考えやすい。実は「痛さ」「くすぐったさ」「悲しさ」「匂い」などと同様に、脳が感じる感覚である(それ故、人によって色の感じ方が異なり、色弱や色盲の人もいる)。ではどうやって色を感じているのか?簡単に言うと、

①色の3原色、赤・緑・青(Red, Green, Blue;RGB三原色)を感じる視細胞が目の中にあり、
  それぞれが、光の波長に対し選択的な感度を持っている
②ある像(例えば花の)の光が目に入ると、その波長に応じた信号の強さが赤・緑・緑の視細胞から脳に送られる
③脳の情報処理によって、色、という感覚に置き換わり色を感じる、という過程である。

このメカニズムは1801年、光の干渉実験(第29話参)で有名なヤング(Thomas Young、英、1773~1829年)によって目の医学・生理学的観点から解明された(元々ヤングは医者であり眼球の研究をしていた)。

 生まれつき、色を感じる人間が色の無い世界を知ったのは、デッサンやコンテ画での白黒画像、もしくは白黒写真によってである。白黒は光の「強度」だけを情報とした感覚で色が欠如していた(色は波長の情報)。陰影で表された白黒画像もいいものだが、色を付けたくなるのも自然な欲求であろう、1933年米コダック社によりカラーフィルムが開発されて写真や映画に色(波長情報)が与えられた。カラーフィルムは、RGB3原色に感じる3種の感光剤がフィルムベースに重ねて塗布されている。電気式のディスプレイは1920~1930年代にかけTV用ブラウン管の開発が進み実用レベルのものが生まれたが(第58話)、これも最初は白黒表示であった。これに色を付ける改良は意外と早く、1928年に英の発明家ジョン・ベアード(John Logie Baird、英、1888~1946年)がニプコー円盤方式(1884年にポール・ニプコー(Paul Julius Gottlieb Nipkow、独、1860~1940年)が発明した走査円板システムで、画像を渦巻き状の穴列で走査する方式)を3原色フィルターでの走査に改良して、カラーTV公開実験に成功した記録がある。(特許としては1905年の独カラーTV特許や1925年のツヴォルキン(Vladimir Koz'mich Zworykin、露、米、1888~1982年)の全電子式カラーTV特許があるが試作されていない)実用化された最初のシャドウマスク方式カラーブラウン管は1946年から50年にかけ米RCA社で開発された。

 ブラウン管のカラー表示は、ブラウン管表面に電子線を受けるとそれぞれRGB(赤・緑・青)に発光する「蛍光体」が細かく分離して塗られており、RGBに対応する3本の電子線が特定の場所の蛍光体に当たり(励起し)光らせることで行う。電子線を旨く蛍光体に命中させるため「シャドウマスク」と呼ばれるドット穴の空いた電子の遮蔽板が使われ(ソニー方式はストライプ状の遮蔽板)、隙間を通る電子線の強度を変調することにより、画像の色と強度を制御している。一方白黒ブラウン管の場合は、単に白色発光の蛍光体のみが全面に塗られていて、1本の電子線の変調で発光強度のみを操作していた。

 ブラウン管のカラー化で大きな課題だったのは、従来の白黒ブラウン管との「互換性」である。互換性とは、新しい技術や方式が過去の装置でも利用可能なことを意味する。例えば放送のカラー化によって、従来のブラウン管が全く使えなくなると、多くのユーザは高価な装置を買い替えなけらばならなくなり、社会的な問題が生じやすい。このため、RCAは新たなカラー放送を従来のTVでも受信でき、これまで通り白黒画像で楽しめるという「互換性」を新技術に要請したのである。(実はRCA社の開発の前1940年に米CBS社は1928年のベアード方式をベースとしたカラーTVを完成させていた。しかしこの方式は既存の白黒放送と全く互換性が無かった為、生き残れなかった。)

 カラー放送のためには、受像機だけではなく撮像機(カメラ)の開発も必要であった。フィルム式カメラはフィルムでの光化学反応で像を記録するが、電子式カメラは光電管(現在はCCDやCMOSなどの固体光電素子)で光の信号を電気信号に変換することでなされる。光は金属表面に当たるとそこから電子を飛び出させる性質がある(光電効果;第63話参)、そこで真空管中の金属面に光を当て、光量に応じた電子を流す光電管が1888年独で発明され、1928年に実用レベルに達する。そしてこれをさらに工夫し像を得られるようにしたのが、露生まれの鬼才ツヴォルキンであった。彼は1931年「アイコノスコープ」と呼ばれる電子線操作型の撮像菅を発明し特許を取得した。光電管に大きな光電面を持つ陽極を挿入し、そこに光の像を照射することで像に対応した電荷を発生させ、その表面を陰極からの電子線で操作し電流の変化として読み取るもので、実用的でありかつ先進的なものであった。又そのカラー化はRGBの3色フィルターを通した像を3つの撮像管で受像することでなされた(後に単管式に改良され、最終的には個体CCDやCMOSイメージセンサーへと進化した)。

宿題82;技術を普及させる為には、魅力的なコンテンツ(放送番組)が必要だが、白黒TVからカラーTVへ人を魅了させたコンテンツはいったい何だったか?

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