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* 量子論・相対論8:不確定性原理(1927年:ハイゼンベルグ)

Q71: 科学の原理や法則には、時々「○○できない」とか「これが限界」という、否定的な内容を持ったものが現れる。科学や技術は限界を超え、これまで不可能と思われたことを可能にすることが使命のようにも思うが、否定命題はどのような意義をもつのだろう?否定的な法則や原理の例をできるだけ上げて、その意義を考えてみよう。

上記の例の一つ「不確定性原理」に今回注目しよう。1920年代は量子論の生みの苦しみの時代であり、デンマークのボーアが中心的役割を果たした。そのボーア学派の一人である若手天才児ハイゼンベルク(Werner Karl Heisenberg、独、1901~1976年)が今回の主人公である。まずその生い立ちから述べよう。ハイゼンベルクは1901年ギリシャ語学者の父のもとドイツに生まれる。幼少より数学の才能を示す神童であり、スポーツと音楽(ピアニストを目指したこともある)にも優れていた。ミュンヘンの大学でゾンマーフェルトらに理論物理を学び、22歳で博士論文(乱流における安定性の理論)を提出、3年間で全ての教育を終えた。その後ボルンの下で2年間助手をしながら量子論に関わる、1924年からボーアの下に半年留学して最新量子論の洗礼を浴びるが、帰国後病気にかかり療養休暇を取る。この休暇中に作り上げたのが「行列力学による量子論」(1925年)24歳の歴史的論文であった(シュレディンガーより1年先)。

 さてこの行列力学というのが又難しいのだが、概略を簡単に言うと、ニュートン力学を基本に展開したハミルトンの解析力学の手法を用い、粒子的振る舞いを記述した数学理論である。新しい考え方として「観測にかかる量」例えば位置q、運動量p、エネルギーHなどが単なる「数」ではなく「行列(作用演算子)」として数学的に表現されていて、これら観測可能な量の関係のみで議論を展開し、量子論的視点としてはそれら行列の積の交換関係を導入している。従来の古典論との違いは、従来は交換可能だった観測手順に「交換不可能性(プランク定数分の差異が生じる)」を導入した点にある。(この説明は)数式を使わないためかえって分かり難いかもしれないが、ポイントは万物の根源(光や電子など)を「粒子像」の視点で眺め数学的に構成した点にある。これはシュレディンガーの波動像の視点とは全く異なる(第70話参)。

 ボーアは、これら両理論が、粒子像と波動像の視点の差にも関わらず、ボーアの量子制限条件無しに、共に水素原子の振る舞いを正しく説明することに、非常に興味を持った。この両者を比較分析することで、真の量子の世界を理解できると考え、シュレディンガーとハイゼンベルクを呼び、3者間で得意のボーア問答をクタクタになるまで続けたのである。ハイゼンベルクはシュレディンガーの波動理論に強い興味を持っていたが、それは数学的な抽象概念であり、決して現実の波動だとは思えなかった。又、「観測可能な量で理論を構成すべき」という彼の考えとずれるため、この年配者の考え(当時、ハイゼンベルク25歳、シュレディンガー39歳、ボーア41歳であった)を完全には受けられなかった。シュレディンガーが早々に議論から退散した後もボーアとの討論は半年間続いた。それはもう楽天的でタフな2人と言えども忍耐の限界を超えていた。いいかげん量子の問題を議論することににうんざりしたのである。そこで2人は休暇を取ることにした、ボーアはスキーに、ハイゼンベルクはボーアの居ない生活に逃げて行った。

 創造は集中の後の緩和の期間に魔法のように成されることが多い。2人は休暇中にそれぞれがある啓示を受けて再開する。とりわけハイゼンベルクは朋友パウリ(Wolfgang Ernst Pauli、墺⇒スイス、1900~1958年)との対話の中で画期的な考えに到達していた。彼は自身の行列力学において、行列をかける順序と観測の順序の対応に目を向けた。位置qを測定した後運動量pを測定する時と、その逆の順序での測定を比較したのである。そして想像上の観測実験(思考実験)と行列演算の性質から、それぞれの観測偏差(誤差)について、

	⊿q×⊿p≧h/4π…①、(h:プランク定数=6.6×10-34Js)

が成り立つことが分かった。ニュートン的世界観(古典力学)では粒子の位置と運動量は精度よく決定できるのに、量子の世界ではその位置と運動量は同時に正確には決められず、プランク定数程度の誤差を必ず伴ってしまうということが分かったのである。そしてそれが演算子の不可換性に対応することを発見した(1927年)。ボーアもこの考え方に近い解答をやはり得ていた。そしてこのハイゼンベルクの不確定性を考慮に入れ、粒子と波動の2つの側面は対立概念ではなくお互いを補い合う「相補的」概念とみなし、量子の両側面(粒子性も波動性も持つという視点)と考えたのである。ようやく、ここで人類は神の与えた難問を解決する手がかりを得ることになる。

宿題71:観測しなければ存在もしない、という革新的な思想をハイゼンベルクは持った。ボーアも同調した。しかしアインシュタインは「そんなバカな!観測しなくても実在する」と真っ向から反対した。果てしない議論が続き結局ボーア派が主流となる。ところが最近この考えによる不確定性原理が大きな修正を受けることになった。それはいったい何だろう?

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