teruji-kun Hirata-Juku...天才UFO

HOME | 道具・力学 | 熱・化学 | 電気・磁気 | 量子・相対論 | 電子・IT・新技術

* 電気・磁気10:蓄音機(1877年:エジソン)

Q49)エジソンが蓄音機を作ることになったきっかけは、ある大きな失敗(敗北)が原因であった。さて歴史的にも有名な音声を扱う技術上の失敗とは何だったか?

 エジソン(Thomas Alva Edison、米、1847~1931年)はベルの発明した電磁誘導式(現在のダイナミック型マイク)マイクに対して、感度の良い炭素式(カーボンマイク)マイクを発案。これを武器に電話事業に乗り出そうとしたが、ベル陣営に若手発明家のベルリナー(Emil Berliner、独⇒米、1851~1929年)が加わり、彼のほうがエジソンより先にカーボンマイクの特許を取っていたため、ベルとの訴訟に敗れたのである。しかし音の技術的基礎は振動の変換技術であることを理解した彼は、敗訴の悔しさを胸に、今度は音声の記録にチャレンジすることになる。発明や発見のモチベーションとして、失敗や敗北が要因になることは珍しくない。しかしその蓄音機についてもエジソンは必ずしも成功したとは言えなかった。そこに立ちはだかったのはまたしても因縁のベルリナーだったのである。

 エジソンは1847年アメリカのオハイオ州に7人兄弟の末っ子として生まれた。良く知られている話ではあるが、小学校の時、どんな些細な事にでも「なぜ、なぜ」と質問ばかりするので、教師から疎ましがられ小学校を数ヶ月で中退させられる。この性癖は学校ばかりでなく当然家庭でも大いに発揮され、「なぜ火は燃えるのか?」という疑問から納屋を燃やしてしまい、父親からも見放される。エジソンの人生には父親の存在が希薄だが、手を焼きうんざりさせたのが理由のようだ。しかし、この問題児を最後まで見放さなかったのが母親のナンシーである。末っ子のエジソンに目をかけ、辛抱強く教え、さらに自宅の地下室に科学実験室を与え、彼に好きなだけ実験をやらせたのだった。

 ところで音の記録だが、音を記録し再生する古い技術に「オルゴール」がある。オルゴールは音源となる櫛歯状の金属振動板を、突起ピンの付いた回転式のドラムで弾き、連続的に音楽を奏でる仕組みであり、その大元はカリヨンと呼ばれる教会の時計の鐘の音であった(1300年代)。その後時計の小型化と共に1796年にスイスの時計職人によりシリンダー型オルゴールの原型が作られる。1820年ごろからシリンダー型オルゴールの生産が始まるが、職人わざに依存する面が多いことから、この技術はディスク型(円盤に突起状のピンを立てたもの)に改良され、その方が量産が容易なことから1900年あたりに数多く作られるようになった。さらに長時間記録やオートチェインジャー式まで現れたというからディスク型のメリットは大きかったのだろう。残念ながらその後、蓄音機の登場でオルゴールは衰退して行く。

 一方、蓄音機はまず、フランスの写真技師レオンスコット(Édouard-Léon Scott de Martinville、仏、1817~1879年) が1859年にラッパの底に針(豚の毛)をつけ、ススを塗布した円筒紙を回転させ、音の振動形を記録したことから始まる。これはエジソン式蓄音機の形態とそっくりで驚くが、音声波形を模様として記録しただけで再生はできなかった。次にやはりフランスで、1877年4月にシャルル・クロ(Hortensius Émile Charles Cros、仏、1842~1888年)が円盤状の媒体に、音声信号の波形を凹凸に記録し、針でなぞれば、音が再生できることを論文に書く(試作はして無い)。そしてようやくエジソンの登場である。1877年12月に錫(すず)箔を巻いた円筒を回転させラッパの針で音声をすず箔上の凹凸形状として記録し再生する「フォノグラフ」を作成し発表。実演では自分の話す「メリーさんの羊」を録音し再生した(今でもその音声を聞くことができる)。音声が物体として残せる意識革命に多くの人が驚愕し、評判を呼んだ。それにしてもその構成は1859年のレオンスコット発明とそっくりである、現在の感覚では、エジソンに特許権は与えられないだろうが、当時は試作方法が明確であるという理由でエジソンに特許が認められた。しかし、フランスでは今でも蓄音機の発明者はエジソンと認められていない。

 さて、その後の展開だが、1887年、10年遅れでエジソン式の改良をベルリナーが行い、ディスク式の蓄音機を発明、グラモフォンと名付けた(現在のグラモフォン社の先祖である)。そしてオルゴールの展開と似ているが、円筒の蝋菅にくらべ量産が容易で性能が優れかつユーザが扱い安いディスク方式のベルリナー型が、普及で優勢に立つのである。又、この円盤ディスクの形態が、SPレコード、LPレコード、CDと発展を遂げて行くことになる。またしてもエジソンはビジネスの点で電話の場合同様、ベルリナーに敗北を帰すことになった。

 エジソンの「発明」と言われているものは、よくよく調べると「実用化・改良」であることが多い。電話器、蓄音機、映画、電球などほとんどが彼の発案では無く、先人の発案を真似て、改良し、実用レベルに持って行ったものと考えられる。しかし、実用化ももちろん立派な創造であって、このためにエジソンは、すさまじい実験と試作に没頭し、さらに、競争相手との訴訟、普及のための政治的抗争をいとわず行った。「人々に使われなければ意味が無い」という技術の真の意味を知る人だったと言えるだろう。

宿題49) エジソンは幼少時にかかった病気が原因で耳が遠かったといわれている。耳の不自由なエジソンが蓄音機の発明や改良をする事は本当に可能だったのだろうか?

*NEXT

次は何を読もうか↓(下の目次か右側のリンクより選んで下さい)

内部リンク

外部リンク