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* 熱・化学9:分子の概念(1811年:アボガドロ)

Q31: 1リットルの酸素と2リットルの水素を混ぜて反応させると水蒸気が出来る。さて何リットルできるだろう?

 アボガドロ(Conte Lorenzo Romano Amedeo Carlo Avogadro di Quaregna e Cerreto、伊、1776~1856年)の飛躍は、原子ではなく分子のアイディアを出したことにある。さて、分子と原子の違いは何だろう?ドルトン(第30話)の考えた原子とは、物質を構成する元素の最小単位であって、それ以上分割できない粒子のイメージであった。もちろん現在では原子は原子核と電子から構成され、さらに細かく分割できることが分かっているが、「元素の最小単位」という見方は現在でも通用する。ところで分子とは何か、「原子が集まり化学的結合力で結合し固有の性質を有している最小粒子」というのが分かりやすい(?)定義だろう。例えば、水素は通常、水素原子(H)が2個結合しH2分子になって存在している。これを切り離し、H単独で存在させるのは容易ではない(不可能ではない。遊離基とかラジカルと呼ばれ、放射線などをH2に照射して作り出すことができる)。ここで、物質の最小粒子は原子なのか分子なのか?という疑問が出るが、「物質としての性質を有する最小粒子」は分子なのである。つまりある物質の最小の一粒を取り出したものが分子であり、その構成部品が原子だと言えば分かり安いだろうか。例えば水という物質の最小粒子は「水分子(H2O)」であり、「水素(H)」と「酸素(O)」という原子(部品)から構成されていることに対応する。

 ではなぜアボガドロは原子では無く「分子」という考えを出したのだろう?それは原子論では、当時発見された「気体反応の法則」(1808年、ゲイリュサック)をうまく説明できなかったためである。「気体反応の法則」とは、水素2体積と酸素1体積から水(水蒸気)2体積ができ、それら気体の体積間には、2:1:2という簡単な整数比が成り立つという法則(事実)だが、ドルトンは水素原子1つと酸素原子1つの反応により水1つ分が生じる(H+O→HO)と考えたため、その体積整数比は1:1:1となるはずで、事実と合わなかった。アボガドロはこの困難を、水素や酸素はそれぞれ2原子から1分子を作る、という大胆な仮説で回避したのである。これは水素分子2つと酸素分子1つから水が2つできる(2H2+O2→2H2O)、という事実を見事に説明できるモデルであった。しかも分子説は、その時点まで見つかっていたあらゆる法則をも矛盾なくうまく説明できたのである。

ところが、この分子説には強い反論がなされた。同じ原子同士が結合する理由が無いと言うのである。確かにNaCl(食塩)はNa+とCl-という電気的な引力により結合する「理由」があるが、電気的に中性なHどうしが結合できる理由が当時の科学では全く理解できなかった。これには量子力学が生まれ「共有結合」(凄まじく強い結合力だが)のメカニズムが解明されるまで待つ必要があった。メカニズムは良く分からないが、分子のモデルはどうやら確からしいとして、その(分子の)存在が認識され始めたのが1811年あたりだったのである。

 アボガドロは、1776年イタリアのトリノに生まれた。父が高級官吏であったため、彼も法律を学び弁護士になる。しかし1800年ごろから科学に強い興味を持ち、独学で数学と物理を学び、数年で電気に関する論文を書くようになる。丁度、電池が発明され電気分解によって、元素の発見が始まる化学の萌芽期であったことが彼の興味をひきつけた。アボガドロは1809年に物理学の大学教授になり、そこで研究に没頭する。そして1811年、35歳のときに、「あらゆる気体は同温同圧のもとで同じ体積中に同数の分子を含む」というアボガドロの法則(当時は仮説)を発表した。しかしこの論文は、イタリア語で書かれていたこともあり、ほとんど注目されず葬られてしまう。アボガドロの考えが世に出るようになったのは、彼の死後、1860年に同じイタリアの化学者カニッツァーロ(Stanislao Cannizzaro、伊、 1826~1910年)が、アボガドロの仮説を高く評価し、国際会議でその重要性を主張したからである。そしてアボガドロ数(NA = 6.022140857(74)×1023 mol−1)がその後測定された。なんと、アボガドロ自身はその値を知らなかったのだ!

 さてこのアボガドロの仮説、これは大胆不敵な提言であった。酸素も水素も水蒸気もその種類によらず、温度と圧力が同じなら、同じ体積中に同じ数の分子があるぞ、という主張。分子を見たこともない人がここまで想像力をめぐらせた!おそらくこの発想(妄想?)は「気体反応の法則」やボイルの法則(P圧力×V体積=一定:1660年)を組み合わせながら生み出されたものだろう。先人の見出した法則群の中にさらに深い意味を読み取ろうとした執念の成果である。ところで、アボガドロ数は最初に誰がどのようにして測定したのだろう?最初にアボガドロ数を測定(計算)したのはロシュミット(Johann Josef Loschmidt、墺、1821~1895年)であり、彼は気体分子運動論の考察から空気分子のサイズを約9.7×10-7mmと推定、この値を用いて、1mm3あたりの気体分子数を8.66×10^14と算出した(1867年)。これは現在の値からすると精度はあまり良くないが、世界で始めてアボガドロ数を求めた方法であった。その後ファラデーの電気分解の素電荷の値、ブラウン運動の拡散係数、X線解説と結晶の密度などから精度良く求められるようになり、おなじみの「0度C、1気圧、22.4リットルの気体で約6×10^23個」がアボガドロ数として定められたのである。

宿題31: なぜ、この自然界は分子なるものを作ったのだろう?原子だけでよかったのではないか?そのほうがシンプルではないか?世界はシンプルなほうが良い。

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