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* 熱・化学5:自動車(1769年:キュニョー)

Q24: 1769年に初めての「自動車」が戦争中のフランスで発明される。この時の「エンジン」は何だったのだろう?又この自動車は何を載せて走ったか?

 発明者はフランス軍技術者ニコラ=ジョゼフ・キュニョー(Nicolas-Joseph Cugnot 、仏、1725~1804年)であり、フランス軍から5トンほどの大砲を牽引する運搬車を、馬が牽引する荷車に代わるものとして開発依頼されたものであった。キュニョーが作ったのは、前輪駆動タイプの三輪自動車であり、蒸気機関エンジンは車の前方に置かれ前輪を直接駆動していた。このため舵取りは、エンジンを含む車両全体の首ふりを必要とした上、実に重く、その操舵は非常に困難を極め、試運転時には城壁にぶつかり壁を破壊するなど、世界初の交通事故を起こした。結局この戦車は、あまりにも大型で重い上、蒸気の素材である多量の水と石炭を供給し続けないと止まってしまう課題もあって、2台ほど作られたものの、実用的ではないと軍から見放されることになる。しかし、「人が乗って操作(運転)を行い人工的な動力で動く車」を自動車とみなすなら、これこそが人類初めての自動車(の先祖)と言える。又、非常に幸いなことに、キュニョーの試作車の一台が保存されていて、現在もパリ工芸博物館で実物を見ることができる(日本ではトヨタ博物館に1/10レプリカが展示されている)。

キュニョーは農家の子供としてベルギー近郊に生まれた。ブリュッセルで教育を受けた後、当時オーストリア領であったためオーストリア軍隊に入り軍事技術を学ぶ。7年戦争が終わりパリにでて軍事教育者となり当時の兵器技術や要塞技術についての著作を行ないながら、新型ライフル銃の発明などをして高い評価を得た。又、当時の最新技術であった蒸気機関にも強い興味を持ち、蒸気動力による車両の発明アイディアもすでにブリュッセル時代から温めていた。又、フランス軍の総監にその計画を話して自己アピールしていたようだ。このアピールが実り、フランスの国家プロジェクトとして1769~1770年にかけ2台の試作車が作られることになる。キュニョーがこの試作で実現した斬新な発明は、2つの蒸気機関ピストンを連動させて、それぞれのピストン往復運動を回転運動に変換する「ラチェット機構」と呼ばれる技術であり、これはワット(James Watt、英、 1736~1819年)より10年も先を行くものであった。又、蒸気機関で移動する機械としては蒸気機関車(1804年)や蒸気船(1783年)よりも古く、その斬新性は光っている。

ところでキュニョーの蒸気自動車のさらに100年ほど前に、1670年頃に作られた「フェルビーストの蒸気車」という発明がある、これは人を乗せられず操縦もできない小さな見世物的機械であったが、イエズス会のキリスト教宣教師として中国(清の時代)に渡り活動していたベルギー人フェルディナント・フェルビースト(Ferdinand Verbiest、1623~1688年)が製作したものである。フェルビーストは天文と地理に豊かな才能を発揮し、中国に世界地図や天文学を伝え、間接的に日本にも影響を与えた。驚くべきことはニューコメンの蒸気機関が作られる1712年より早く、しかも中国で見せものとしてこの車がすでに喜ばれ(驚かれ)ていた事実である。自動車の定義から「人が乗り操縦をする」という項目をはずすなら、これが最初の自動車といえるだろう。

さてその後の蒸気自動車の発展だが、1800年代に入りイギリスで改良された蒸気機関を用いた実用的な蒸気自動車が開発される。これは乗り合い自動車として馬車の代わりに使われだした。ところが乗客を奪われた馬車業界が圧力をかけ法律を政府に作らせ、乗り合い自動車の速度規制(4km/h程度以下)を加えたのだ。もっともその理由として蒸気自動車の出す騒音や煙、そしてボイラーの爆発事故への批判などもあり自動車業界も強く出られなかった。実質的に廃業に追い込まれた蒸気自動車は活路を農業用トラクターに向け、イギリスでの蒸気動力トラクター普及のきっかけを作る。一方、アメリカにわたった蒸気自動車はさらにボイラーを小型化し低振動で大トルクを発揮できるように改良され進化していった。日本では1901年に米国製蒸気自動車が始めて輸入され、1904年には岡山の技術者、山羽虎夫により国産初の蒸気自動車(トヨタ博物館にある)が製作されるが、道路がでこぼこであったため当時のタイヤでは実用化には至らなかった。それにしても3年ほどで技術を真似てしまう日本人の好奇心と器用さには舌を巻く。

宿題24: 歴史的には蒸気自動車は、ガソリンなどを燃料とする内燃機機関を用いた自動車(1886年にダイムラーとベンツにより発明)に駆逐されていくことになる。軽量で高トルクのガソリンエンジンはスピードにも優れていたのが理由の一つであるが、では蒸気自動車のスピードはどの程度まで進化したのだろう?

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