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* 電気・磁気 番外4:ステレオ音響再生(1881年:パリ万博、2台の電話による再生デモ)

番外4:クイズはありません

 最初の蓄音機はモノラル記録・再生だったので、さほどの臨場感は得られなかった。それでは今日、広く楽しまれているステレオ・オーディオはいつどのような経緯で発明されたのだろう?信頼できる記録によると、それは1881年パリで開催された「電気博覧会」で、2回線(2channel)を用いた電話電送の実験がきっかけになったようだ。フランスの発明家クレマン・アデール(Clément Agnès Ader、仏、1841~1925年)はグラハム・ベルによって作られた電話を改良していた。そしてその成果を1881年のパリ万博でデモ展示しようと、オペラ座と万博会場を2系統の電話回線で結んだシステムを試作したのである。つまり複数のマイクをオペラ座に設置し、複数の受話器を万博会場に置くことで、できるだけ多くの来客にオペラ座のライブを音響生中継し楽しんでもらう試みであった。ここで思わぬ事件が起きた、2つのマイクに繋がった受話器を偶然(?)右耳と左耳にあてて聞くと、単独で聞いたときに比べ、あたかもその場でいるような臨場感が脳内に拡がったのである。

 当時のサイエンティフィック・アメリカン誌は「この現象は非常に奇妙である。それは双聴覚的音響理論の近似であり、我々の知る限り、これまでになかったものだ。この驚嘆すべきイリュージョンは立体音響の名にふさわしい」と驚きのコメントを寄せている。アデールがこの効果を知って設計したのか、意図せず偶然体験的に見つけたのかは不明だが、この時期にステレオフォニックが生み出された事は間違いない。エジソンの蓄音機試作から4年後の事であった。このステレオ電話は「テアトロフォーン」と名付けられ商品化されたが、話題を集めた割にはあまり需要は無かった。

 1930年代に入るとステレオ技術は電話機から録音機器へと展開が成される。(音響技術の種は常に電話〔通信技術〕から生まれオーディオへと進化しているのが面白い、デジタルオーディオもそうであった。)英国Electric and Musical Industries Ltd(EMI)社の電気技師ブラムレイン(Alan Dower Blumlein、英、1903~1942年) は1931年のある日、妻と映画を見ていて、スクリーン上の役者の位置とスピーカー(モノラル)の位置が大きくズレていた為、非常な違和感を感じた。そして映画を見終わった時「僕は役者の位置と音声を一致させる技術を思いついた」と妻に言う、これがステレオ音響記録・再生技術の特許になったのである(1933年英国特許)。その後、EMI社はブラムレインらの技術を用い、1932年あたりからオーケストラのステレオ録音を開始する。それはレコード盤へ1つのカッターヘッドで音響溝の垂直方向(縦と横方向)に2チャンネル信号を録音する手法であった。同時期に米ベル研のフレッチャー(Harvey Fletcher、米、1884~1981年)もステレオの研究を行っていて、2チャンネルを越えた多チャンネルまで考察を進め、3チャンネル録音・再生実験を指揮者のストコフスキー(Leopold Antoni Stanislaw Boleslawowicz Stokowski、英、1882~1977年)らと共に行った。これが後の「オーケストラの少女(2ch)」(1937年)やディズニー映画「ファンタジア(4ch)」の製作に繋がって行ったのである。

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